脱フォトグラファー/写真より「時間」を残したい人

香川県で子ども撮影の現場に立っています。泣く日も笑わない日も、「いい写真」より「いい時間」を残したい。このブログでは現場の迷いと救われた瞬間を記録。脱フォトグラファー/写真より「時間」を残したい人

「ちゃんと撮れますか?」と聞かれるたびに思うこと

goegoe

「ちゃんと撮れますか?」

七五三でも、バースデーでも、
撮影前に一番よく聞かれる言葉です。


そのたびに、
少しだけ、答えに迷います。


ちゃんと、とは何だろう

ちゃんと笑えること?
ちゃんと立てること?
ちゃんとポーズを取れること?

親御さんの「ちゃんと」には、
きっといろんな意味が含まれています。

・せっかくの記念だから失敗したくない
・泣いて終わるのは避けたい
・お金を払うのだから、形に残したい

その気持ちは、よく分かります。


正直な答え

本音を言えば、
「必ず笑顔になります」とは言えません。

その日の気分もある。
体調もある。
着慣れない服の違和感もある。

子どもは、大人の予定通りには動かない。

だからこそ、
毎回まったく同じ撮影は存在しません。


それでも思っていること

でも、こうは言えます。

その時間を、
無理なく、安心できる形で過ごせるように
全力で向き合います、と。

写真は結果です。

でも撮影は、
その場にいる全員でつくる時間です。


「ちゃんと」の意味を変えたい

「ちゃんと撮れた」という言葉が、
笑顔の枚数だけを指すものではなくて、

・無理をさせなかったこと
・泣いた時間も受け止めたこと
・家族で向き合えたこと

そんな意味も含んでくれたらいいなと思っています。


「ちゃんと撮れますか?」

その質問の奥には、
子どもを想う気持ちがあります。

だから私は、
完璧を約束するのではなく、
一緒に向き合うことを約束したい。


それが、
写真より「時間」を大切にしたい理由のひとつです。

泣いて何も撮れなかった日の、いちばん大事な仕事

goegoe

8年前、七五三の撮影で忘れられない日があります。
主役の女の子は、着物をどうしても嫌がっていました。
袖を通すたびに、表情が固くなっていくのが分かりました。


当時の自分は、
カメラマンとして「どう撮るか」ばかりを考えていました。

光の向き。
立ち位置。
レンズ。

でもその日は、
どんな技術も、その子の気持ちを変えてはくれませんでした。

正直、無力感がありました。
カメラマンとして、技術でしかカバーできない自分が情けなかった。


そんな中で、
パパとママに協力をお願いしました。

「ベテランだからこそ」と言えることを、
ひとつずつ、丁寧に伝えました。

・無理に着せようとしないこと
・その子の目線まで下りること
・「今日はどこまでできそう?」と聞いてみること

撮影は、
カメラマン一人で進めるものじゃない。
そのことを、改めて強く意識した瞬間でした。


結果として、撮影は最後までできました。
完璧な七五三写真ではなかったかもしれません。

でも帰り際、
ご両親からこんな言葉をもらいました。

子どもは大変でしたけど、
家族の大切な時間を、最後まで撮りきってくれて
ありがとうございました。

その言葉を聞いたとき、
胸の奥に、はっきりとした違和感が残りました。


フォトグラファーは、
どうしても「いい写真を残すこと」が先行してしまう。

でも本当に大切なのは、
その時間を、家族とどう過ごすのかじゃないだろうか。

あの日感じた無力感と違和感は、
今もずっと、自分の中に残っています。


それが、
写真より「時間」を大切にしたいと思うようになった理由です。

フォトグラファーを名乗るのを、やめました。 写真が嫌いになったわけでも、撮らなくなったわけでもありません。 ただ、「写真より大切なもの」に気づいてしまったからです。

goegoe


フォトグラファーという言葉は、とても便利です。何をする人か、すぐに伝わる。でも同時に、「いい写真を撮る人」でいなければいけない、そんな枠にも縛られていました。だから一度、その名前を外してみることにしました。